第10章 「新世界」より
彼女の名は、伊藤結。
聞くところによれば資産家の令嬢らしいが、そんな素振りも一切見せない、実にサバサバした女性で、印象はそれ程悪くもない。
でも俺は…
「あの、櫻井さん? どうかされました? それとも私何かお気に障るようなこと…」
急に黙りこくってしまった俺を、結の不安そうな顔が覗き込む。
「え、あ、いや何でもないです。…庭でも散歩しますか?」
庭の散歩…お見合いの定番コースだ。
「はい、折角のお天気ですから」
途端に結の顔が綻ぶ。
あぁ、この顔だ…
このフワッと笑った顔が似てるんだ…
だからか、と俺は思わず苦笑いを浮かべる。
結のことを”嫌じゃない”そう思ったのは、結の時折見せる笑顔が、どことなく智くんに似てるからだ。
「あの~、早く行きましょ?」
結は立ち上がると、着物の裾を合わせ直した。
「そうですね、行きましょうか」
支払いをカードで済ませ、俺達はホテル内の庭に出た。
一面緑の絨毯を敷き詰めたような芝生の上を並んで歩く。
初夏を思わせるような日差しに、俺はジャケットを脱ぎ肩に掛けた。
「いいですよね、男性は…。暑いと思ったらそうやってジャケット脱いじゃえばいいんですもの。でも私なんてこれですよ?」
結は両腕を大きく広げて、着物の袖をヒラヒラして見せた。
「あぁ、まぁ、確かに簡単には脱げそうもないですね」
「でしょ? だから私着物なんて嫌だって言ったのに…」
そう言って剥れる結を、俺は不覚にも可愛いと思ってしまった。
そんな気はこれっぽっちもないのに…