第10章 「新世界」より
俺は席を立ち、簡単な挨拶を交わすと、テーブルを挟んだ向こう側の席を彼女に薦めた。
着物の長い袖を気にしながら、慣れない所作でソファーに腰を降ろす姿に、俺は思わず吹き出してしまう。
「あの、私何か変ですか?」
アップにした髪を手で撫で付け、着物の襟を合わせ直す彼女。
「いや、失礼。女性って何かと大変だな、って思ってね?」
「えぇ、そうなんです。私も本当はこんな振袖なんて着たくなかったんですけどね、母がどうしてもって言うものですから、仕方なく…って、私ちょっとお喋りが過ぎますよね」
「いえ、その方が僕も助かります。僕、女性にあまり免疫ないんで」
それは本当だ。
実際女性とこうして向き合って話をするなんて、あまりしたことがない。
家族は別として、職場でだって同年代の女性と話すことなんて…ほぼゼロに等しい。
俺は右手を挙げ、ウエイターを呼ぶと、二人分の飲み物を注文した。
程なくしてウェイターが運んできたコーヒーが、俺たちを隔てるテーブルに置かれた。
「あ、勝手に頼んでしまったけど、コーヒーで良かったですか? もし苦手だったら別の物を…」
彼女の意見も聞かず、勝手に注文してしまったことに今更気づく。
「大丈夫、私重度の”カフェイン中毒”ですから」
そう言って彼女はブラックのコーヒーを、それは上手そうに啜った。
なんだろう…
この不思議な感覚は…
彼女は、嫌じゃない。