第10章 「新世界」より
待ち合わせのホテルには、約束の15分前には到着した。
先方を待たせることは、人として最低の行為だ、と子供の頃から厳しく叩き込まれてきたからだ。
グリーターの案内で、ラウンジで最も日当りの良い席に通された俺は、上質な革張りのソファーに腰を降ろした。
腕時計を確認すると、時刻は10時55分。
思わず溜息が零れた。
時間にルーズなのは、どうにも許せない。
それが例え約束の5分前であっても、だ。
その時ジャケットの内ポケットに入れたスマホが、小刻みに震えながら着信を知らせた。
液晶には…親父の名前。
俺はまたしても溜息を零し、スマホを耳に宛てた。
「はい、翔です」
「あぁ、先方が少し遅れるそうだ。お前はそのままそこで待っているように」
「はい、分かりました」
用件だけの簡単な会話に笑いが込み上げる。
なんて寂しい親子なんだろう。
会話らしい会話なんて、生まれてこの方した記憶が無い。
俺はいつだって親父の顔色を伺ってばかりだったから。
今のこの現状だってそうだ。
親父に逆らうことすら出来ずに、こうしてここで顔も知らない相手をただ待っている。
何度零したか分からない溜息がまた零れそうになったその時、
「あの、櫻井さんでしょうか? ごめんなさい、約束のお時間に遅れてしまって…」
いかにも着せられてる感半端ない和服の女性が俺の前で頭を下げた。