第10章 「新世界」より
先方から指定された時間は午前11時。
場所はホテル1階のラウンジ。
同窓会の会場として選んだホテルで見合いとは、流石の俺も予想していなかった。
いつもならば気になって仕方のない時計も、全く気にならない。
ネクタイもスーツも、どこかチグハグでしっくり来ないが、そんなのもどうでもいい。
どうせ相手の女は俺の見てくれなんか気にしやしないだろう。
女が興味あるのは櫻井家の”財産”と”名前”だけだから。
洗面所の鏡で適当に髪を撫で付け、シェーバーで簡単に髭を剃った。
少々の剃り残しは、言わば”愛嬌”だ。
お気に入りは避け、甘めの香りを首筋に吹き付けた。
どうでもいい相手に、お気に入りの香りを着けていく気には、到底なれっこない。
そして最後に身に着けるのは腕時計。
これだけはコレクションの中でも最高ランクの物を選んだ。
高級時計は金持ちの象徴だから。
一通り準備を済ませ、漸く時計が気になった。
時刻は10時を少し過ぎたぐらいか…
溜息を一つ落として、俺は重い腰を上げた。
普段は仕舞い込んである高級な靴を履き、普段よりも重く感じる玄関ドアを開けた。
マンションの踊り場から見上げた空は、俺の憂鬱さを嘲笑うように、青かった。