第8章 椿姫
高校卒業後、料理学校に通ったことで、料理に関する知識はある。
そう、あるのは知識だけで…
実践での経験なんて、殆どと言っていい程無い俺は、当然かもしれないけど悪戦苦闘。
目の回るような忙しい毎日に、マンションに帰る時間も無く、自宅も兼ねた店舗の二階に暫く身を置くことにした。
常連客に酒を薦められることもあった、ってのも理由の一つではある。
お人好しの俺は、断るってことをしらないから。
そんな日々の中で、和のことを考える時間はおろか、余裕なんて全く俺にはなかった。
時折送られてくるメールも、書いてあるのは大ちゃんのことばかりで、簡単に目を通すだけで、返信すらする気になれなかった。
たった一言で良かったのにね…
『もう終わりにしよう』
和からのメール。
何を“終わり”にするのか…
馬鹿な俺は、この短い文章に込められた意味に気付けずにいた。
いや、気付かないフリをしていたのかもしれない。
和が俺から離れることなんて、絶対にないと思ってたから。
だからさ、和が大ちゃんと店に来た時には、驚きよりも、やっぱりな…って気持ちの方が強かった。