第7章 レクイエム
「…智くん? やめてよ、さと…」
「ごめんね、翔くん? ………ごめんなさい…」
細い肩が震えた。
泣き虫な君だけど、きっと今は唇をギュッと噛みしめて、涙が溢れるのを耐えているんだろう。
駆け寄ってその背中を抱き寄せたい衝動に駆られる。
でも、あの人の視線がそれを許す訳もなく…項垂れたまま部屋を後にする智くんの背中を、俺はただ見送ることしか出来なかった。
自分の無力さに腹が立つ。
「お父さん、誤解です。俺が無理矢理…」
言い終える前に、頬に激しい痛み受け、俺の身体は吹き飛んだ。
「あの子は自分が誘った、そう言ったんだ。それでいいじゃないか?」
違う!
違う違う!!
あなたが言わせたんじゃないか!
「付き合っているそうだな、あの子と?」
どうして父さんがそれを?
「私が知ってるのがそんなに不思議か?」
俺の心の中なんか全部お見通し、ってことか…
「ちょっと人を使えば簡単なことだ。あの子の家は鉄工所を営んでいるようだが、あまり経営は思わしくないようだな?」
金にものを言わせ、そんなことまで調べたのか…
相変わらずの汚いやり方に反吐がでる。
「このままあの子と付き合うと言うのなら、私にもそれなりの考えがある。
…最も、私が手を下すまでもないようだがな」
この人はやっぱり鬼だ…
権力で人を操る、欲に塗れた鬼…
俺はこの夜、大切な人を守る力が自分にはないことを恥じ、そして遠ざかる背中を抱き締められなかったことを悔いて、声を殺して泣いた。