第16章 ◆さよならの前に(神田/ルパン三世)
「いやね。此処に来る途中に、こんな杭を抜いちまってな」
「杭?」
「なんだそれ?」
「途中って、いつの間にそんなもの…あ。」
「気付いた?雪ちゃん」
ルパンが懐から取り出した、大きな古い杭。
木目で出来たそれには苔がびっしりと生えており、似たものを少し前に目にしていた雪はいち早く気付いた。
「だからあの時…っ」
ルパンは妙に関心を持っていたのだと。
ゴゴゴゴゴ…
「ん?」
「…なんだ?」
静かな通路内に、微かな轟音が響く。
ルパンが命を落としかけた、巨大な円柱の仕掛け作動時とは異なる音。
しかし寒気のする気配に、マーマ一家の表情に暗雲が及ぶ。
微かな轟音は背後を伝う。
感じるままに、マーマ一家は恐る恐る振り返った。
ゴゴゴゴゴ…!
唸り声のような轟音が大きくなる。
迫りくる音と共に通路の奥から姿を現したのは、畝る大洪水だった。
「うぇあ!?」
「ひぇええ!!」
「逃げ…ッうぶ!」
ルパンの抜いた杭によって水路の水が全て流れ出したのだろう、激しい津波のようなそれにマーマ一家は顔を青褪め逃げ出した。
しかし通路内に逃げ道はない。
唯一外へと続く崖先に辿り着く前に、三人揃って波へと呑まれてしまった。
「雪!走れ!」
「きゃ…!」
カーラを引っ攫うように走り様に担ぎ上げると、ルパンは迷うことなく崖外へと飛び出した。
続けて後を追う雪の足場を掬おうと、荒い波がすぐそこまで迫る。
「っ!」
「馬鹿野郎!今飛び込んだらお前まで呑み込まれるぞ!」
階段上にいた為被害を免れた神田が咄嗟に踏み出せば、次元に肩を掴まれ阻まれた。
同時に崖の上で跳んだ雪の体が宙を舞う。
そのまま重力に従い、滝のように流れる水へと落ちるかと思われた。
しかし激しい波間は雪の足を濡らしたのみで、それ以上彼女の体を捕えることはできなかった。
「っ…」
「大丈夫か?雪」
「な、なんとか」
ふらりと宙で揺れる、ルパンと雪の体。
二人が手にしていたのは、空から垂れ下がっている一本の長い鎖だった。
否。
空からではなく、支柱の塔の天辺にあるクレーンのような機械に、鎖は繋がっていた。