第16章 ◆さよならの前に(神田/ルパン三世)
「…いった…」
「どうやら穴の中に罠を仕掛けたトラップだったらしいな…大丈夫か?」
「うん。見た目よりは痛くないから。大丈夫」
穴から手を抜き出せば、右腕は剃刀を幾重も押し付けられたかのような赤い線が、何本も走り込んでいた。
血だらけにはなっているが、傷は然程深くない。
しかし天井が迫りくるというパニックの中で更に穴の中で腕を切り刻まれれば、恐怖でそれ以上穴へと手を入れる勇気は早々出ないだろう。
心理的な所を突いたトラップのようだと、ルパンは感心気味に頷いた。
「しっかしこんなトラップまで作っちまうとは、余程命の危機に曝されてたらしいなぁ…アデーラ達は」
「今はそんなことよりカーラちゃんだよ、ルパン。誰もいない」
上がる天井に、細長い出入口も再び現れる。
しかしその向こうには、カーラもマーマ一家の姿もない。
「恐らくあの塔が見えた崖に連れて行かれたんだ…カーラちゃんの命が危ない」
塔への登り方を突き止めてしまえば、ルパン達を始末しようとしたマーマのこと、幼き少女の命も簡単に奪ってしまうだろう。
「追わないとっ」
「それより先にその腕の止血だ」
「大丈夫だよ、そんなの後で」
「オレが大丈夫じゃねぇの。ほら見してみ」
「でも…」
「雪」
「……わかった」
普段がおちゃらけている分、真面目な顔をされるとなんとなく逆らい辛い。
大人しく従えば、通路の横にあった水路にルパンは持っていたハンカチを浸して水を絞った。
「ハンカチ常備…」
「これくらい当たり前だろ?」
「…なんでも盗む大泥棒っぽくない」
「泥棒もエチケットくらい守るもんよ。それより袖がズタズタだな…破いていいか?この服」
「あ、うん」
袖を裂いて、顕になった腕の傷口をハンカチで拭う。
しゅるりと身に付けていたネクタイを解くと、それを包帯代わりに雪の右腕に巻いた。
「傷が広範囲だから全部は覆えねぇが、ないよりマシだろ。あのトラップ部屋も相当古いもんだし、此処を出たら真っ先に消毒しろよ?」
「ありがとう。手際がいいんだね」
「泥棒やってればな。怪我とは友達になるもんで」
「…なんで泥棒なんてやってるの?」
ふと生まれた疑問を雪が問えば、いつもの顔でルパンは飄々と笑った。