第16章 ◆さよならの前に(神田/ルパン三世)
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「またいねぇな…」
ホテルの受付へと向かったが、あの背の高い老人の姿は見当たらなかった。
「待て」
「ん?」
呼び鈴を鳴らそうとした次元の手を神田が止める。
「此処にホテルの従業員は一人しかいねぇんだろ」
「ああ。俺が見た限りじゃ、あの支配人の爺さんだけだ」
「なら手っ取り早い」
ピンと張り詰める空気。
獲物を狩るような鋭い目で辺りを探る神田が、先へと踏み出すのはそう遅くなかった。
「此方だ。人の気配がする」
「探知機かよ、お前さんは……ん?」
迷い無く進む神田をまじまじと見ていた次元の目が、ふとそれを見つける。
「ちょっと待ってくれ」
「?」
振り返った神田に、ニヤリと次元は企み顔で笑った。
「やられっ放しってのは性に合わねぇんでな」
ホテルの従業員が使うプライベートルーム。
其処へ戻ってきたアルドルフォは、些か疲れた様子でソファに腰を下ろした。
「ふぅ…年々しんどくなってきたな、これも…」
机に置いていた飲みかけの紅茶カップに手を伸ばす。
冷めきってはいたが、温め直す気力もない。
ガチャン、
「!?」
しかしカップを口に付ける直前、耳にした音にビクリと体は固まった。
聞き間違えか。
否、そんなはずはない。
それはアルドルフォ自身が、何より馴染みにしていた音だ。
ガチャン、
音は開けたままのドアの向こうから聞こえた。
恐る恐る振り返るアルドルフォの目に、想像していたものが映り込む。
「な、何故…」
しかしそれは動くはずがない。
ガチャン、
廊下の暗闇から現れたのは西洋の騎士、鉄の鎧人形。
よろりよろりと一歩ずつ、アルドルフォの下へと向かってくる。
動くはずはないのだ。
なのに何故。
ひ、と悲鳴を上げてソファから飛び退くと、アルドルフォは部屋の壁際まで後退った。
『そんなに驚くこたぁねぇだろう』
鎧の中から低い声が届く。
アルドルフォの目前まで迫った鎧が、甲冑の仮面へと手を伸ばした。
上へ押し上げるようにして開けた仮面の中から、出てきたものは。
「これはあんたの十八番だろ」
珍しくも帽子を脱ぎ捨てた、怒り顔の次元だった。