第16章 ◆さよならの前に(神田/ルパン三世)
✣
「───こいつァ…」
雪の気配を見失った直後、真っ白な霧の中でルパンが見つけたもの。
それはホテルの廊下に迸るワインだった。
雪がボトルを取り落とした際に飛び散ったらしく、あちこちに赤い水滴を跳ねさせていたが、大本は一つの液体の塊となっている。
その赤い水溜りが、ゆっくりとだが小さくなっていく様にルパンは目を止めたのだ。
理由は備に観察すればすぐにわかった。
液体は平坦な場所であれば留まるが、そうでなければ重力に従う。
ワインが吸い込まれるようにして流れ落ちているのは、廊下のL字型の角の隅。
その隅にだけ、意図的に作られた小さな窪みがあった。
人の親指程しかない小さな穴に、雪が零したワインが零れ落ちていたのだ。
「なんだ。何かあったのか」
「いや、まだはっきりとは何もわかっちゃいねぇんだがよ…確かそこの飾り棚に花瓶があったよな」
目の前は濃い霧で一歩先もわからない。
手探りで覚えていた場所の花瓶を手にすると、ルパンは床に這い蹲るようにして花を抜いた花瓶の口を窪みへと傾けた。
とぽとぽと穴の中に水が流れ込んでいく。
───ガコン、
先程耳にした不可解な音と同じものが鳴り響いた。
行き止まりだったはずの壁が回転したかと思えば、ぽかりと大きな穴を見せる。
「ビンゴ」
「何がだ。わかるように言え」
「いやね、ここに仕掛けが───」
言いかけるルパンの目の前で、再び壁が回転を始めた。
「お、ちょ!待って!」
「は?オイ!」
それはあっという間の出来事で、体をどうにか閉じゆく穴の中に滑り込ませることで精一杯だった。
「おブ!べっ!ぐッ!」
中は急な傾斜となっていた。
ドスン!ドスン!とバウンドしながら落下したルパンの体が、やがて石の床に辿り着き顔面から着地する。
「いっちち…ありゃ」
顎を擦りながら顔を上げれば、出入口であろう穴はもう塞がっている。
どうやら仕掛け扉は開閉の一連動作を繰り返して、一瞬しか現れない仕組みらしい。