第12章 ⓇMerry christmasの前にⅡ【アレン】
「…大丈夫さ?」
何が大丈夫なのか、そんな明確なことは聞けやしないが。
それでも恐る恐る様子を伺うように問い掛けるラビに、南はほーっと息を付いた。
眉尻と広い肩幅を下げて、怒られる覚悟のような顔で四つん這いのまま近付いてくる様は、まるで叱られた大型犬のようだ。
(…本当、わんこみたい)
そう、犬のような彼。
それはよくよく南の知っている、ラビそのものだった。
(ラビは、違う)
覆い被さる大きな影に、呑まれるような感覚がした。
あの一瞬、南の脳裏に蘇ったのはラビの自室での出来事ではなかった。
微かに揺れる木の床。
薄暗く埃っぽい空気の狭い部屋。
覆い被さる影は、今のラビよりももっと大きく深い暗闇のような色だった。
"俺とイイコトしよ?"
相反して投げ掛けてくる声は、どこまでも人間臭い飄々としたもの。
左目の下に泣き黒子を携えた、金眼のあの男は。
「………」
「南?…まじ、怒ってんなら謝るから──?」
この通り!と両手を合わせて硬く目を瞑ったラビ。
の、頭にわしりと乗る南の手。
「ぁ、あの…南、さん?」
そのままわしわしと癖毛が立つ程に頭を撫でられ、ラビは不思議そうに隻眼を開いた。
「よーしよし」
「…オレ犬扱い?」
元々癖の付き易い赤毛が、彼女の手により先程の本の雪崩の衝撃も加え、更にぼさぼさになる。
それでも逃げ出さず止めもせず、大人しくされるがままのラビに、南はにこりと笑顔を向けた。
「うん。ラビだ」
「? オレはオレだけど」
「うん。そうだね」
「??」
一体彼女は何を言っているのやら。
更に首を傾げるラビに、構わず南は笑みを深めるだけだった。
彼は、あの男ではない。
彼は、ラビだ。
そう思うだけで心は不思議と安定し、気持ちは落ち着いた。
「(なんかわかんねぇけど…)怒ってねぇの?」
「怒ってないよ。吃驚はしたけど。私も叩いちゃってごめん」
「あー、それは……いいさ。オレが悪いから」
「だからラビは悪くないって」
「いんやオレが悪いってことにしておいて」
「?」
何せ寝込みを襲うような真似をしたのだ。
ラビの罪悪感は拭えない。