第12章 ⓇMerry christmasの前にⅡ【アレン】
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こっそりと神田の部屋を後にしたティムキャンピーは、一匹広い教団内の廊下を進む。
昨日のクリスマス当日に比べれば、朝も早い所為か人気は全くない。
静まり返る中、ただ一つ。
ほんの微かな人の声のようなものを耳に、辿るように金色の尾を揺らしながら進んだ。
「───し…は…」
やがて辿り着いたのは、廊下と同じく人気のない教団の書庫室だった。
天井近くまである棚にはぎっしりと世界各国の文献や歴史書が収められており、本に呑まれる程圧巻の一言。
「少なくとも細胞の…中では…」
其処から聞こえてくる、淡々と音読するような男性の声。
誘われるように幾つもの本棚を縫うようにして飛んだティムキャンピーに映し出されたもの。
「所謂相補DNAの遺伝子はイントロンが除かれており、自然には存在しない」
「………」
それは本棚の更に奥。
何冊もの大量に積み上げられた本の中で、棚に背を預けて座り込む男女の二人だった。
「DNAの遺伝子は細胞の転写機構によってRNAに転写され得るが、DNAそのものが細胞中に天然に存在することはない。それは逆転写酵素を使って人間によって作られるので、特許となるのである───…ふあ、」
淡々と開いた分厚い書物を音読していた男性の声が、突如眠たげなものに変わる。
欠伸混じりに溜息をつけば、忽ちに青年独特の砕けた音声へと移り変わった。
それはまるで二面性を持つかのような声色の切り替えだ。
「あー眠ィ…なぁ南、オレが読んでもこれ眠気変わんねぇ気が…」
「…すー…」
「寝てんのかよッ」
眠気により生み出された涙を片手で擦りながら、隣に座る女性へと声を掛ける。
燃えるような赤毛は教団内でも一際目立つ、即座に突っ込みを入れているのはエクソシストであるラビ。
そして彼の肩にことんと揺らした頭を落として寝息を立てているのは、白衣姿の科学班、椎名南だった。
「だから無理だって言ったんさ…残業にも程があんだろ…もう朝だぜオイ」
はぁぁと重い溜息をつきながら、目の下に隈を作ったラビの目がどんよりと窓の外を見る。
澄んだ冬の空気を携えた空は晴れたもので、清々しい一日となろうものを彼は死んだような目で見つめていた。