第10章 ※◆with はち様(神田)
「後は一人で戻れるな」
「はい、大丈夫です」
ラビの言う通りAKUMAは一掃できたらしく、ピリピリと纏っていた緊張感のある空気は、もうどこにもない。
そのことをしかと確認して、神田はジークリットへと跨るウリエを見上げた。
出会い当初は暴れるジークリットに振り回されていたウリエだったが、今ではしっかりとその背に腰を落ち着けて慣れた動作で手綱を握る。
どうやら不安はなさそうだ。
と、手綱を握る両手で神田の目が止まる。
白い雪景色と同じに透き通った肌は、暴れ馬と化したジークリットに跨っていた際に引き摺られ、赤く擦れた皸の跡が出来ていた。
時間が経っても赤い跡を残す両手は、悴んでいるのか指先も赤い。
"暖まったら、次は誰かに渡してください"
不意に思い出す雪の言葉。
あの時はなんのことか言葉の意味がまるでわからなかったが、なんとなく今少しだけ理解できたような気がした。
神様なんてものを信じた訳ではないが。
雪の言葉なら耳を貸してやってもいい。
「おい」
「はい?」
「やる」
「え?」
余計な単語を一切省いた手短な言葉で、神田がウリエの手元に押し付けたのは身に付けていた革手袋。
「それ付けてりゃ今度は手綱を離すこともないだろ」
「あ。ユウそれ─」
「黙ってろエロ迷子は」
「だからもうそれ悪口!」
ギンッとラビを睨み付ける神田を驚いて見た後、まじまじとウリエの目は手渡された手袋に向く。
言われるままに両手に身に付けてみれば、成程。
(…あったかい)
先程まで神田が身に付けていた体温がほんのりと、ウリエの皸の残る両手を温めた。
「ありがとうございます。何か、お礼…」
「別に要らねぇ」
「………」
素っ気なく返される神田の態度に、上手い返しが思い付かないのか、おずおずと小さく会釈だけ返す。
そんなウリエに、神田はじぃっと見上げたまま。
開いた口は、極自然に。
「暖まったら、次は誰かに渡せ」
あの時の言葉を紡いでいた。