第10章 ※◆with はち様(神田)
(また来るか)
「ここは俺一人でいい。トマは適当に避難してろ。馬鹿兎を見つけたら連れて来い」
「わかりました。お気を付けて」
再び激しいAKUMAとの攻防になれば、トマに被害が出る危険性がある。
ピリピリと冷たい空気が神田とトマ以外の存在を主張して、神田は林の奥を睨み付けたまま指示を向けた。
背中で遠ざかるトマの気配を感じ取る。
ファインダーとして歴の長いトマなら、一人でも身の安全は守れる。
寧ろ今は神田の傍にいない方が安全かもしれない。
一般人などどこにもいないこの林の中では、神田達はAKUMA側からすれば恰好の標的だ。
それも隠れもせず堂々と身を晒していれば、尚の事。
真っ白な雪景色の世界に佇む、全身真っ黒な団服姿。
心臓の位置する団服の左胸に、光沢を放ち掲げられているローズクロス。
"黒の教団のエクソシスト"である証。
AKUMAやノアなら当然知っているものであり、一般人でも巨大ヴァチカン組織"黒の教団"を知っている者ならば、銀で出来たこの十字架を見ただけで頭を下げてくる。
己を示すもの。
それと同時に、これは"標的"なのだ。
世界の至る所に身を潜め、人の皮を被り、人間に扮して近付く悪性兵器、AKUMA。
だからこそ標的となるものを堂々と掲げ、待ち構える。
的はここだ、獲物は俺だ。
(来るなら来い)
ピリピリとした空気が逆立つ。
ザクッと雪を踏む音を耳にして、神田は六幻の柄を握った手に力を込めた。
「待ってッ!」
「─!?」
シンと静まる雪の世界に突如響いたのは、知らぬ女の罵声。
否、悲鳴に近いものだった。
ブルンッと動物の戦慄く声。
ドサドサと雪が木々から落ちる音。
睨み付けていた林の奥から飛び出してきたのは、馬に跨る女が一人。
「落ち着いてジーク!きゃあッ!」
「! チィ…ッ」
暴れ馬の如く駆け回る背中にしがみ付いていた女が、勢い余って放り出される。
荒く舌打ちを打つと考える暇もなく、神田は柔らかい雪の地面を蹴り上げていた。