第9章 ◆はなむけの詞を君に(神田)
「大好きだよ。ずっと」
「俺の方が好きな自信がある」
「何それ」
くすりくすりと笑い合って、契りのように言葉を交わして。
再び重なり合う唇。
音もなく舞い落ちる桃色の花弁だけが、二人の傍で纏い咲く。
静かに見守るかのように。
「──!」
「あ」
穏やかなその空気を止めたのは、微かな胎動。
「ユウ、今」
「ああ、感じた。こいつ、俺が雪に手を出そうとすると動くんだよな…わかってんのか」
ぱっと顔を離せば、雪の腹部に手を当てたまま神田も頷く。
ゆったりとしたロングワンピースを纏った雪の腹部は、ぽこりとした膨らみ。
それは新しい命が宿っている証だった。
「ちょっと。手を出すって。どういう意味?」
「どうもこうもそのまんまだろ」
「待って。私、妊婦」
「知らねぇのか、妊婦でも状態によっちゃ性行為できんだぞ」
「真顔でそんなこと言わない。そして肩を掴まない、押し倒そうとしない。ここ外だしッ」
「は、冗談だよ」
肩を掴む手に力を乗せてくる神田に声を上げれば、鼻で笑われる。
冗談に見えないからと思ったが、そこは深く突っ込まないことにした。
下手に煽って本当にこんな所で襲われては堪らない。
「それより飯。お前どうせ朝飯食べてねぇんだろ」
「え。なんでわかったの」
「それくらいわかる」
こつんと軽く拳の先で額を小突かれる。
何かしら駄目出しをしてくる時に、昔はよく強いデコピンなんかを喰らっていた。
それを最後に受けたのは、いつだっただろうか。
もう大分昔のことのように思えた。