第9章 ◆はなむけの詞を君に(神田)
〝ノア〟
ただそれであるだけで、人間とは老化速度さえ変わってしまう。
同じノアの一族であるロードが、35年もの間転生せずに幼女の姿を保っていたのだ。
雪の体が今の神田の容姿に追いつくのも、きっとずっと先のこと。
(……一緒がいいのに)
神田の胸に顔を埋めたまま、縋るように服の端を掴む。
同じでいたいのに、同じでいられない。
彼は第二使徒という特異な器でいるが、それでも身体的な歳の重ね方は人間と一緒だ。
人の道理から外れているのは雪の方。
「まだそんなことで悩んでんのかよ。年に一回はそれで落ち込んでねぇか、お前」
「そ、そうだっけ…」
「そうだよ」
溜息混じりに、神田の手が雪の頭を撫でる。
「見た目なんて二の次だ。俺は雪だから傍にいて欲しい。人間もノアも関係ない、そう言ってるだろ」
「…うん」
おずおずと胸に押し付けていた頬を離す。
それでも体は寄り添えたまま、雪はじぃっと間近にある神田の顔を見つめた。
「言って欲しくて、凹んでるのかも」
「オイ」
わざとかよ、と呆れる神田に、つい笑みが零れる。
「あは、ごめん」
わざとではないのだけれど。
その言葉は何度だって聞きたくなるもの。
心でちゃんと繋がっている自覚はある。
それでも言葉に変えて伝えて欲しい時もある。
真っ直ぐ偽りのない、心地良い低い声で届けられる愛の言葉。
それは何度だって欲したくなるものだ。
「ありがとう、ユウ。私もユウだから欲したの。ユウの手を取ったこと、後悔なんてしてないよ」
ノアとして生きる道ではなく、ヒトとして生きる道を。
同じ長い時を共に生きられる家族ではなく、限られた時の中でも心を埋めてくれる男性(ひと)を選んだ。
そこに後悔などない。