第9章 ◆はなむけの詞を君に(神田)
「うーん! いい天気! 桜も満開! 絶好のお花見日和だね」
「雪」
「うん?」
「まだ少し風が冷たい。これ羽織ってろ」
「うん、ありがとう」
ぐぐっと伸びをして、目の前の満開の桜を見上げる。
ひらひらと辺りを舞う薄い桃色の花弁。
鶯か、小鳥の囀りも聴こえる。
それ以外には邪魔な音はない、穏やかな湖の畔。
呼ばれて振り返れば、桜の木の根元に敷いたシートの上で、持参したショールを広げる神田が見える。
笑顔で傍に寄れば、ふわりと体をショールで包まれて頭を一撫でされた。
その手が目の前に翳され、見えたのは薄い桃色の花弁。
「あちこちついてんぞ」
「わ、本当だ。花吹雪だもんね」
「もう4月か…早ぇな。この前年越し蕎麦食った気がする」
「よく蕎麦食べてるから、その感覚は強ち間違ってないよ。本当、好きだよね蕎麦」
「雪が作るからだろ」
「人の所為っ?」
「本当のことだろ」
「好きな人の好物だから作りたいって思っ……た、だけ」
「なんだ最後の」
「ぅ…」
言ってる途中で恥ずかしさに語尾を窄めれば、苦笑混じりに笑われる。
「相変わらず、変な照れ癖があるな」
「…悪かったですね」
「悪いなんて思ってねぇよ」
隣に座っていた神田の顔が、覗き込むようにして雪に寄り添う。
「可愛い」
囁きと共に重なる唇。
ゆっくりと顔が離れて、空色のような澄んだ切れ目がふと優しく細まる。
愛おしい者を見つめている目だ。
つい熱くなる頬に、雪はぽすりと神田の胸に額を寄せた。
「ユウは…変わったよね。色々」
「そうか?」
「うん。…大人っぽくなったし…」
「そりゃ大人だからな」
相変わらず眉目秀麗な顔立ちだが、渋みを増した目元や低く落ち着いた声に、成熟し出来上がった身体。
大人としての魅力を備えた彼は、性格も同様に昔より落ち着きを増した。
「…私だって大人だよ」
同じ月日を過ごし、同じ年月を越え、共に並んで生きてきた。
なのに少しずつ開いていく年齢差。
越えた年の数だけ年齢を重ねた神田の容姿とは違い、雪の体は実年齢とは見合わないもの。
黒の教団にいた頃より容姿は大人へと変わっていたが、それでも神田と並べば同年代には見えない。