第9章 ◆はなむけの詞を君に(神田)
「ご馳走様」
「お粗末様」
空になった食器を片付ける。
後は洗濯を済ませて、それから散歩に出掛けよう。
あの湖には蓮華の花がある。
今の季節は花弁を纏っていないが、湖は神田の好んでいた場所。
花見をしながら湖の畔でランチでもしよう。
そうすれば神田の体調も更に良くなるかもしれない。
「中身は梅干しと、鮭と、おかか、かな…」
「雪」
「ん? なに?」
キッチンでおにぎりを握っていれば、狭い入口に身を屈ませた長身が入ってくる。
元々長身だったが、更に伸びた神田の身長。
近くに寄ると首が大きく曲がる。
「手伝う」
「え?」
「だから手伝うって言ってんだよ。何やればいい」
「………え?」
「オイ」
大きく首を曲げたままぽかんと見上げれば、むすりと仏頂面。
予想通りの反応につい声を出して笑いが零れた。
「あはは、ごめんごめん。ありがとう。ならおむすび任せていい? 私はおかず作るから」
「わかった」
「力任せにお米潰して握っちゃ駄目だよ」
「そこまで不器用じゃねぇよ」
「前に砂糖で握るっていうベタな失敗したのは誰ですかね…」
「……偶々だ」
バツが悪そうにそっぽを向く。
そんな仕草が可愛くも見えて、ついくすりと笑ってしまう。
(ユウ相手に可愛いとか。言ったら怒られそう)
「んだよ。まだ馬鹿にしてんのか」
「違う違う。はい、じゃあ髪が入らないよう結っておくから。動かないでね」
袖を捲り両手にちゃんと塩を付けている神田を確認しながら、後ろに回って長い髪に手を伸ばす。
嫌がる素振りを見せない彼の長髪は、いつ触れてもさらりと手の中を流れていく心地良さがある。
触れて感じる愛おしさ。
何度も髪を手櫛で梳いていると、遊ぶなよ、と咎める言葉が穏やかに届く。
言葉とは裏腹な優しい声に口元を綻ばせ、はーいと雪は明るい返事を一つだけ返した。