第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「この…ッ放さねぇならその腕折るぞ!」
「いいい嫌っス…! でも駄目っス! 師匠が悲しみます!」
「いい加減に…!」
しろ、と。
額に青筋浮かべた神田が、ぷっつんと音を立てようとした時。
「やれやれ…仕方ないねぇ」
いつもと変わりのないのほほんとした声で、しかしどこか厚みのある気配が背筋にずんと落ちた。
「いくら可愛い息子だからって、チャオくんの腕を折るなんて許さないよ。ユーくん」
スケッチブックを手に、片腕にはチャオジーをしがみ付かせたまま。
神田の動きが一点で止まる。
見えたのは、太陽光で眼鏡が反射し、いつもの優しい垂れ目が隠れているティエドールの姿。
「それに一度は許したけど、二度も私の宝物を破るのはね。流石に頂けないな」
のほほんと笑みは添えたまま、席を立ったティエドールの両手がわきわきと揺れる。
「きっと私の愛が足りてないんだねぇ。そんなユーくんには、私がどれだけ君への愛を抱えているか。身をもって教えてあげないとねぇ」
「っ……ま、待て…」
両手の指を不規則に揺らしながら、笑みを称えて歩み寄ってくる。
そんなティエドールの姿に、サァッと神田の顔が忽ち青いものへと変わっていく。
その姿は見覚えがあった。
ティエドール部隊に入ったばかりの頃にも、懐かない神田に事あるごとにティエドールが取っていたスキンシップ。
と言う名の抱擁地獄。
「大丈夫だよ、怖がらないで。安心してパパの胸に飛び込んできてごらん」
「ッこっち来んな…!」
「照れ屋さんだもんねぇユーくんは。来ないなら私から行こう」
青褪め後退る神田の体は、しがみ付いたチャオジーの所為で咄嗟に動けない。
そこへぬっとかかるティエドールの影。
「ほぉら、おいで」
語尾にハートマークでも付きそうな甘ったるい声で腕を広げるティエドールを前に、ひっと神田は珍しくも短い悲鳴を上げた。
「や…っやめろぉおおお!!!!!」
その悲鳴は、爽やかな青空へと吸い込まれるように響き渡ったという。