第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「なんだ、残念」
しょぼんと肩を落とし哀しむティエドールに、神田の目は一切向いていなかった。
向いているのは彼が手にしているスケッチブックのみ。
「それよりそのふざけた絵を寄越せ。細切れにしてやる」
「え? これかい? 折角良い絵に仕上がったのになぁ…」
そう愚痴るティエドールが切り離したのは、チャオジーに見せようとしていた幼き神田と昔のマリが描写されている絵。
「仕方ないねぇ。はい」
聞き分けよく絵を差し出すティエドールに、それでも尚神田の射抜くような目は、スケッチブックへと向けられたままだった。
「違ぇよ。俺が言ってる"ふざけた絵"ってのはその前の落描きだ」
「落描き?…そんなものあったっけ? チャオくん」
「え、ええっと…」
「しらばっくれてんじゃねぇよッいいから寄越せ!」
「あっ」
きょとんと不思議そうに首を傾げるティエドールの手から、あっという間にスケッチブックを奪い取る。
相も変わらず彼の俊敏さには目を見張るものがある。
「二度もふざけた絵を描きやがって…ッ」
「ま、待って下さい神田先輩ッ!」
絵画のことなど詳しく知らないチャオジーでも、心惹かれた見事な隠し絵。
それは見事に神田にも見つかってしまっていたらしい。
スケッチブックごと破り兼ねない神田の腕に、慌てたチャオジーがしがみ付く。
「そ、それだけは勘弁して下さいっス…! 師匠の宝物なんスから…!」
「勝手に描いて勝手に宝物になんかされて堪るか! 放せッ!」
「い、嫌っス! 俺だってその絵好きなんスから…!」
「はぁッ?」
「チャオくん…!」
失礼なことをしている自覚はあるのだろう。
ぷるぷると体を震わせて顔を青褪めさせながら、それでも神田の殺気を喰らい尚しがみ付いた腕から離れようとしない。
そんな健気な弟子の姿に、堪らずティエドールは口元を押さえて涙ぐんだ。
「うう…っ私は幸せ者だ…! こんな師思いの弟子を持てて…!」
「師匠。感動している所悪いんですが、あのままじゃチャオジーが神田の殺気に殺されます」
えぐえぐとハンカチを取り出し泣き始める涙脆い師に、淡々と冷静な状況判断を下すのはマリ。
このままでは神田の怒りは確実にチャオジーに向くだろう。
確実に。