• テキストサイズ

廻る世界の片隅で【Dグレ短編集】

第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)



「あ。でもなんでこんな凝った絵にしたんスか?」


 ふと疑問が浮かぶ。

 弟子を息子と称し可愛がるティエドールなら、スケッチブックいっぱいに描きそうなものを。
 こんな一工夫した、まるで隠し絵のように描くとは。
 珍しい、と思いながら顔を上げるチャオジーに、ティエドールはカップに残った紅茶を飲み干しながら苦笑した。


「私も、色鮮やかに描きたかったんだけどねぇ…でもその絵も素敵だろう?」

「はいっス! それは勿論!」

「ならいいかな。それにほら、見つかると面倒だし」

「…見つかる…っスか? 誰に?」

「息子にだよ」


 カチャリとカップを皿に置いて、ふぅと息をつく。
 思い馳せるように中庭から覗く青空を見上げて、ティエドールは眉を微かに下げた。


「前も素敵な光景を見つけてね。ユーくんと雪ちゃんの花畑での姿だったんだけれど…凄く素敵に絵に起こしたのに、ユーくんに破かれちゃってねぇ」

「な、なんか神田先輩らしいっスね…」


 水彩で優しい色合いまで付けて、完璧な絵に仕上げたのに。
 あまり人物画を描かないティエドールが熱心に仕上げたものだから、目立ってしまったのか。
 その絵を見つけた瞬間、憤怒で顔を赤くした神田に破り裂かれてしまった。

 発見されてから絵が非情な死を遂げるまで、その時間は凡そ1秒にも満たなかっただろう。
 味方となればこれ程心強いものはないが、敵となれば彼の俊敏さは恐ろしい。


「大事な私の宝物だったんだよ。凄くすごーくショックでね…」


 ずん、と見るからに肩を落として凹むティエドールに、あわあわとチャオジーが慌てふためく。


「じ、じゃあ今度はこの絵を宝物にすればいいっスよ…! こんなに素敵な絵、俺初めて見ましたからッ!」

「そう思うかい?」

「はいっス! 嘘なんかじゃありません!」

「本当かいっ? うんうんチャオくんはわかってくれるんだねぇ! ありがとう!」


 しかと頷く可愛い息子の姿に涙ぐみながら、わしっとその手を両手で握る。
 こんなに共感してくれる弟子が今までいただろうか。
 チャオジーにもそんな女性ができた時には、見事な絵を描いてあげようとティエドールは胸の内に強く決心した。

 それを彼が喜ぶかは別として。

/ 723ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp