第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「お嬢さん」
「なぁに?」
「確かにヒーローは大変なことが多いかもしれないね。人より我慢したり辛いことも多いかもしれない」
エクソシストとしての道を歩む時点で、普通の人生など送れない。
死しても尚、その死は闇に葬られ形のないものとして消されてゆく。
特に我が息子達は、生まれながらに重い枷を背負わされてしまった。
──それでも。
目の前の惹き付けて止まない世界遺産の光景など、目も暮れず。
噴水を前にして騒いでいる四人を見つめたまま、ティエドールは眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「でもね、きっとそこでしか見つけられないものもあると思うんだよ」
「そこでしか見つけられないもの…?」
「うん」
ああ、やはりそうだったのかと。
直接彼らに聞かずとも、その姿だけで充分だった。
長年息子と称して愛してきた二人が、今まで見せなかった姿を見せてくれている。
ティエドールにはそれだけで充分だったのだ。
見つけた些細な芽は息吹き、花を咲かせ実らせた。
自分では作れなかった絆を、彼らはきちんと"他人"である誰かと作り上げていたのだから。
「私は今、それを見つけることができたから」
そう優しく見つめるティエドールの目線の先。
追うようにして澄んだオーシャンブルーの瞳を向けた少女は、不思議そうに首を傾げた。
「…あのひとたち?」
見えたのは、噴水を前にしてそれぞれ話し込んでいる四人組。
肩を怒らせている長身の男性を前に、落ち着かせようとその肩に触れて声を掛けている女性と。
溜息を零す大柄な男性を前に、おどおどと首を横に振っている女性。
頬を緩ませて見るような光景のようには思えないが、どうやらティエドールには特別な光景に見えているらしい。
少女の知らない者達。
しかし彼らは、ティエドールの着ている黒い服と似た格好をしていた。
暫く考え込んだ後、ぱっと少女の顔が不意に綻ぶ。
「もしかして、おじさんのヒーロー仲間っ?」
わくわくと弾んだ声で尋ねる少女に、ふむと頷く。
少女へと顔を向けると、ティエドールはひとつ微笑んだ。
「私の自慢の、息子と娘だよ」