第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「パパやママは? 一緒じゃないのかい?」
「……」
優しく問えば、無言で少女が噴水を指差す。
否、指差したのはティエドールが描いていた紙の中の噴水。
大きな世界遺産の造詣を前に、賑わいを見せている人混み。
丁寧に特徴を捉えて描かれていた二人の人物を小さな手が指差し、なるほどとティエドールは目の前の実際の光景と照らし合わせた。
どうやら夢中になって描いていた人物の中に、彼女の両親も混じっていたらしい。
そう離れてはいない距離に親がいるとなれば、不安なこともないかと一息つく。
そんなティエドールの傍に、ベンチを回ってきた少女が歩み寄る。
恐る恐る、しかしその目は好奇心いっぱいにスケッチブックへと注がれて。
「…おじさん、画家さんなの?」
不意にぽつりと少女の小さな口から漏れた問いかけに、おやとティエドールは眼鏡の奥の瞳を瞬いた。
無口かと思っていたが、コミュニケーションはきちんと取ることができるらしい。
「"元"画家だったんだよ。今は別のお仕事をしていてね」
「こんなに上手なのに…なんで画家さん、やめちゃったの?」
「もっと大事なお仕事を見つけたからだよ」
「だいじなお仕事?」
こてん、と不思議そうに首を傾げる少女に笑って、ティエドールは目の前の光景を指差した。
煌びやかな世界遺産を観光していく人々は、目の前の光景に目を輝かせている。
「こういう景色を守る仕事なんだ」
「…?」
よく理解できなかったのだろう。
同じようにティエドールの指先を視線で追った少女は、不思議そうに首を傾げたままだった。
幼い少女にどう説明すれば理解してもらえるのか。
聖戦でエクソシストとして戦っている、などと言っても信じてはもらえないだろうし、そもそも"聖戦"がなにかもわからない年頃だろう。
「…そうだねぇ…強いて言うなら…」
ふぅむ、と考えてみる。
「正義のヒーローみたいなものかな」
お、と思いついたのは、なんとも夢のある役職名だった。