第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
そわそわと勝手に体が期待に弾む。
気付いてしまった、雪の微かな神田への違和感。
それがもし、自分の望む方向へと向かっていたならば。
「……」
抑えきれない口元の笑みをそのままに、ティエドールは荷物の中からスケッチブックを取り出した。
そわそわと体はまだ弾んでいる。
落ち着かせるには、絵画に没頭するのが一番だ。
すっかり手に馴染んだ木炭を緩く握り、真っ白な少しざらついた紙の上に寝かせて走らせていく。
描く絵は決まっていた。
この目の前に広がっている、見事な宮殿と噴水の光景だ。
一度描き始めるとすっかり頭はその世界へと吸い込まれていって、そわそわと弾んでいた体もいつの間にか落ち着いていた。
柔らかな風が吹く中、黙々と描き続ける。
走らせた木炭の跡を空いた手で軽く押さえながら、紙に馴染んでいくように。
さらさらと一度も止まることなく見事な手腕で描き上げていく絵画は、真っ白なページに命を吹き込んでいった。
「──…」
「…?」
どれくらい経っただろうか。
ティエドールの指先が木炭ですっかり黒く染まった頃。
じぃっと好奇心のような視線を感じて、夢中で描いていたその手を止めた。
視線の元はすぐ傍にあった。
観光客の一人だろうか。
折り重なるフリルの付いた可愛らしいワンピースを身に纏った、8、9歳程の少女が一人。
興味津々にベンチの後ろから覗き込むように、ティエドールのスケッチブックを見つめていた。
「やあ」
「!」
振り返って声を掛ければ、ビクッと体を震わせて後退る。
まるでリスか兎か、小動物のような動きに思わずティエドールはくすりと笑んだ。
「初めまして、可愛らしいお嬢さん。此処へは旅行に来たのかい?」
なるべく驚かせないように穏やかに話しかければ、ティエドールの人柄か、元々の少女の性格か。
恐る恐る、再び歩み寄った少女はこくりと大きく頷いた。