第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「あれがユウの意思表現みたいなものですしね」
「…そう思えるかい?」
「はい。ちょっと他人より怒りっぽいけど、見てる所はちゃんと見てるし。暴言吐くことも多いけど、聞く耳は持ってるし」
思い出すように宙を見上げながら呟く雪の口元には、柔らかな曲線。
まじまじとそんな雪の姿に、ティエドールとミランダは無言で目を向けた。
二人の視線を感じてか、はっとした雪はこほんと小さな咳払い。
「だ、だから…まぁ、"らしい"というか。それがユウかなって。ミランダさん、行こうっ」
「ふふ。そうね」
「…なんで笑ってるの…」
「ううん、なんでもないわ。それじゃあ元帥さん、行ってきます」
「うん。急がなくていいからね、二人共」
恥ずかしそうに頭を下げる雪と、穏やかな笑みで去っていくミランダを見送る。
「さて、と…」
ピョートル大帝宮殿の噴水の傍に設置されている、装飾の見事なベンチ。
そこに一人腰を下ろして、にこにこと笑みを零す。
雪が神田に対して口にした考え。
それはティエドールも同じに抱いている思いだった。
確かに神田の性格は、万人に受け入れられるものではないだろう。
しかし本来、人の性格など万人受けするものはない。
マリのように誰とでも上手く折り合いをつけられる者もいるが、それでも彼にだって相性は存在する。
受け入れられる者が多いか少ないか、ただそれだけ。
そして雪はその貴重な少ない人物であっただけだ。
「嬉しいねぇ」
ほのぼのと呟く。
あんなに優しい顔で語ってくれる雪の姿を、神田本人が目にしていたらどんな反応を示したのか。
ぜひとも見せてやりたいと思えた程だ。
あんなに柔らかい瞳で、温かい声で──
「…ん?」
はた、といつもと違う違和感に気付く。
「…ユウ?」
と、彼女はその名を呼んではいなかっただろうか。