第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「待ってるだけじゃ色々嫌なこと考えちゃうだろうし…っ私も一緒に行っていいかしらッ」
ぷるぷると両手で雪のマントの裾を握って懇願するように向けてくる顔は、なんとも必死なもの。
そんなミランダを前にして首を横になど振れようか、雪は思わず内心苦笑い。
だからそのまま、あっさりと首を縦に振ってみせた。
「うん、わかった。じゃあミランダさんも一緒にお願い」
確かに彼女を此処に置いていけば、悶々と一人で悩み待ち続けている姿が容易に目に浮かぶ。
ならば共にマリ達を捜しに行った方がいい。
雪の頷く姿を目に、ほっとミランダの顔に笑顔が戻る。
一にも二にも、彼女が心配しているのはマリのことなのだろう。
「すみません元帥、ミランダさんも同行させてよろしいでしょうか」
「す、すぐに帰ってきますから…っ」
「うん、構わないよ。…悪いねぇ、神田達が色々と世話になってるみたいで」
教団では彼らを"息子"と呼び、本物の親顔負けな程に親馬鹿っぷりを発揮してべったりなティエドールだが、一歩外に出て仕事となれば変わる。
いつもの愛称呼びもせず、彼らの"師"としての顔で申し訳なさそうに謝るティエドールに、雪とミランダは珍しい、と目を止めた。
「特に雪ちゃんは、頻繁に神田と組まされているだろうし」
通信ゴーレム越しであっても、さくさくとあの神田を丸め込んでいた様は、流石長年バディを務めてきた身と言えようか。
それだけ何度も神田と任務を組み、あの暴君っぷりを相手にしてきたのだろう。
根気さがなければ続かない役目だ。
ぱちりと瞬きながら、雪はそんなティエドールの師としての気遣いに、ふと笑みを零した。
「今更ですし。もう慣れました」
「………だよねぇ…」
そしてあっさりと返されたのは、ごもっとも。と言えるような返事。
「…それに、」
思わず苦笑混じりにティエドールが眉を下げていると、不意に続く接続語。
ふと、雪の目元に柔らかな光が灯る。
「嫌じゃありませんし」
ぽつりと漏れた声は、素直な音だった。