第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
『ティエドール師匠に申し訳ないが、もう少しかかると──』
『おいマリ! 無線入れてる暇あるならお前も標識探せよ!』
『待て神田、一度連絡は入れて』
『ならそれでもう充分だろうが。それより道探すのが先だろっ』
「か、神田くんも無事なのね。よかったわ」
「というかすごぶる嫌な予感がするんだけど…」
無線ゴーレムの向こうから届く、人のざわめきと苛立った神田の声。
多少引っ掛かる単語を耳で拾いながら、雪は訝しげに眉を潜めた。
「…マリ。私、雪だけど。道を探すってまさか…迷ってるの?」
『ああ、雪か。…すまん。途中、任務で確保したイノセンスが脱走して。それを神田と追っていたら…』
「迷子になったと」
「まぁ…イノセンスが脱走? そんなこともあるのねぇ」
がくりと肩を落とす雪とは裏腹に、口元に両手を当てて感心気味に呟くミランダは暢気なもの。
「それで、イノセンスは確保できたの?」
『ああ、無事確保した。神田が見張ってるから、次逃げ出すことはないだろう』
仕切り直して現状を問えば、イノセンスを取り逃がすという最悪な道は回避できたとのこと。
安堵の息をつきながら、ならばと次の行動を催促する。
「よかった。で、今どこ? どれくらい時間かかるかはわかる?」
『それがなんとも…ネヴァ川、という河川付近にいることはわかったんだが…』
「ネヴァ川? ならサンクトペテルブルク市内には入ってるんだね。もしかしたら割と近くかも……ね、マリ。周りの建物は何が見え」
『マリ! 貧弱女とちんたら話す暇があるなら道探せっつってんだろ!』
マリの周りの状況を知れば、道案内ができるかもしれない。
そう更に問いかける雪の声を遮ったのは、突如大きさを増した神田の声。
目的の道が見当たらないのだろう、苛立ちも増しているように聞こえた。