第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「師匠、笑い事では…真面目に言ってるんです」
「うん、だからだよ。本当に君達は私の自慢の息子だねぇ」
「……はぁ」
くすくすと微笑み続けるティエドールに、話は通じていないと思ったのか。
深々と溜息をつくマリの横で、ミランダは気遣うように大柄な彼を見上げた。
「ま、まぁ…でも元帥さんも嬉しそうにしているし。悲しまれるよりはずっといいわ」
「…ミランダ…」
そういう問題じゃない、とも思ったが。
そうでしょ?と両手を合わせて笑いかけてくるミランダの姿に、毒気を抜かれたようにマリはふと苦笑した。
「…そうだな」
そんなマリとミランダの姿もまた、前に書庫室で見た二人の関係がより親密になっている証で。
ティエドールは上げていた声を潜めて静かに微笑んだ。
知らないうちに成長していた二人の息子達。
その成長が堪らなく嬉しいと言うかのように。
「──なんか…ドキドキするっス」
「うん?」
「まさか神田先輩とマリ先輩が、そんな…その、そういうこと…」
「恋、かい?」
「…っス」
優しい風が吹き込む、穏やかな午後の中庭。
そこで神田とマリ、二人の話を聞いていたチャオジーは、その単語自体を口にするのが恥ずかしいのか。若干赤らんだ顔で、こくりと頷いた。
初々しさの残る愛らしい息子の反応に、ティエドールは静かに笑った。
「あ。でもなんでその話とこの絵が繋がるんスか?」
ふと疑問を抱いたようにチャオジーが指差したのは、白いテーブルの上で開かれているスケッチブック。
そこにはラフな風景画。
ラフ画と言っても画家であるティエドールの手にかかれば、見事な一枚の絵と化していた。
巨大な宮殿。
その入口の階段から目の前の大広場まで続いている、芸術のような噴水広場。
噴水の中には幾つもの人の像が並んでおり、壷や楽器などを手にしている。
そこから空へと舞うように散っている水の噴射。
見事な建物と噴水の描写だった。
悪戯な風が舞い込みスケッチブックの紙を散らし、チャオジーの目に止めさせたのはその一枚の絵。
色とりどりの他の絵とは違い、ラフに木炭だけで描かれた風景。
そこについ惹かれ問えば、師は何故かそれを語ってくれたのだ。
小さな恋の芽の話を。