第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「今までそんな相手を作らなかった神田です。そんな感情、神田は作ろうと思って作れるものじゃない。それに…一方的なだけでは成立しないものです」
盲目のマリの目が、そっと雪と神田を映し出す。
神田が他人に好意を持つだけでも珍しいこと。
そしてその好意を向けられた雪も恐らく、同じ感情を抱いている。
マリの耳に届く二人の鼓動は、まだしっかりとその関係性を作り上げてはいなかったが、確かに縮まっている距離。
お互いがお互いを想い合い、繋がれるようになるかもしれない。
その可能性を、壊したくはなかった。
「折角できかけている絆を、他人が掻き回して…駄目にして欲しくないんです」
人の感情というものは複雑で繊細だ。
それを誰より知っているマリだからこそ、そしてそれだけの思いを神田に抱いているからこそ。
師であるティエドール相手であっても、出した主張だった。
「……」
そんな控えめだが確かにぶつけてくるマリの言葉に、ティエドールは目を瞬いた。
ぱちぱちと瞬いた後、次に顔に浮かんだのは綻ぶ程の微笑み。
「師匠? 何を笑って…」
「いいや。全く…私の息子達はなんて可愛いんだろうと思ってね」
くすくすと止まることのない笑い声を上げながら、ティエドールは自身の手で目元を覆った。
マリの邪魔をするなと、不快さを露わにして吐き捨てていた神田。
二人をそっとしておいてあげて欲しいと、遠慮がちにも主張してきたマリ。
普段、他人を気遣うことなどしない神田と、他人の懐に深く踏み込みはしないマリ。
そんな二人が、お互いの為にと見せた行為。
誰かの為にと相手を思いやる行為程、美しいものはない。
なんて愛らしい姿なのか。
そんな親心をくすぐる二人に、ティエドールは笑いが止まらなかったのだ。