第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「神田は一度、目上の人に対する態度を考え直した方がいいと思う…」
「なら目上らしい態度を取れってんだよ。あれはただ馬鹿にしてきてるだけだ」
「馬鹿にって言うか…凄く可愛がってるだけなんじゃ…」
「フン。んな好意要るか」
「だからその態度が駄目なんだってっ」
「うんうん。喧嘩する程仲が良い、とはこのことだねぇ」
喧嘩とはまた違うだろうが。
雪と神田のやりとりを、その諸悪の根源であるティエドール本人は、穏やかににこにこと見守っている。
「…あの、師匠」
そこに溜息混じりに静かに声をかけたのは、マリだった。
「うん? なんだいマーくん」
「……わかっているんでしょう?」
(…わかる?)
唐突に投げかけたマリの言葉に、首を傾げたのは傍に立つミランダ。
なんのことかな?とティエドールもまた問いかけてきたが、マリは確信のある響きで話し続けた。
「神田と雪のことです」
「ああ。仲良しだよねぇ、あの二人。素敵なことだ」
「…それだけじゃないことを、ですよ」
マリの声が小さなものへと変わる。
肩を落としながら駄目出しする雪に、不快そうにしながらも一応耳を傾けている神田。
騒がしい街中で話している二人には、マリの言葉は届いていない。
「神田がああして誰かに心を開いている姿を、私は初めて見たんです。……そっとしておいてあげてくれませんか」
それは他人の鼓動を耳で捉え、感情をも捉えることができるマリだからこそ。
普段は自分の意志を主張などしないマリが、それを口にするのはそれだけの思いがあるからこそ。
小さな響きだったが、確かなマリの主張だった。