第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「なっ…ティ、ティエドール元帥…!?」
「やあ、雪ちゃん。それにユーくんも。こんな所で会えるなんて偶然だねぇ」
振り返った雪のすぐ目の前に、気配も感じさせず立っていたのは、神田とマリの師であるフロワ・ティエドールだった。
のほほんと片手を挙げて微笑む様は、教団で見る彼となんら変わりない。
しかしこんな街中で出会ったことなどなかったから、心底驚いた。
団服に身を包んでいないところを見れば、ティエドールもオフ中らしい。
片手に抱いたスケッチブックが何よりの証拠だ。
「そのふざけた呼び名…教団内だけじゃなかったんですか…」
「今はお互いに休みだしね。いいだろう? オフの時くらい」
握った拳を震わせ怒りを露わにする神田に、臆した様子なく微笑むティエドール。
「そ、それよりっティエドール元帥も休日だったんですねっ」
何度も見たことがあるやり取りに、雪は咄嗟に二人の間に割り込んだ。
このままでは神田の辛うじて保っているティエドールへの敬語が外れるのは、時間の問題だ。
「うん。まさか街中で可愛い息子二人を見つけられるなんてね。今日は良い日だよ」
「俺はあんたの息子じゃありません」
「二人で何してたんだい? あ、デートかな?」
「話聞けよ!」
「デ、デートなんかじゃないですっ」
にこにこと笑って首を傾げるティエドールに、呆気なく神田の敬語は外れてしまった。
怒りを露わにする神田と、慌てて首を横に振る雪の姿は、望んだ反応ではないもの。
それでもティエドールの笑みは消えなかった。
偶々街中で知った気配を察知してみれば、狭い路地裏で身を寄せ合っている神田と雪を見つけてしまった。
思いもかけない二人の姿に、ティエドールは純粋に驚いた。
以前休日に組み手をしていた二人を連れて、教団近くの花畑に赴いたことがある。
その時もお互いに無意識のものなのか、惹かれ合っている姿を見せていた神田と雪。
それがこんな形で成長していたとは。
だからこそ、この頬の緩みは取れないのだ。