第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「あいつらがいるからなんだってんだよ。なんでコソコソ隠れなきゃなんねぇんだ」
「らって…! 二人ほも私服らから…っプライベートれしょっ」
「だからなんだよ。それなら俺らも同じだろうが」
「そうらけど…っていい加減離しへっへば!」
涙で潤んだ雪の目が、更に痛みで濡れそぼる。
流石に間近でそんな顔を目にしては、それ以上抓る気は起きず。
神田は渋々柔らかい頬から指を離した。
「ぁたた…任務でヘマした訳でもないのに、なんで暴力受けなきゃならないの…」
「これのどこが暴力だってんだよ」
「神田は自分の馬鹿力を自覚してよね。指一本で人殺せるから」
「何阿呆なこと言っ」
「てません、本当のこと言ってるだけです」
「……」
ずばっと遮り言い切る雪のジト目はどう見ても本気の色で、神田はつい押し黙った。
日頃よく手を上げている相手は、身をもってその効果を知っているらしい。
「…で、なんで隠れなきゃなんねぇんだよ」
溜息混じりに顔を上げると、雪の体から身を離す。
そうしてさり気なく距離を保ちながら話を戻す神田に、若干赤くなった頬を擦りながら雪は再びマリ達へと目を向けた。
「だってあの顔見たら…なんか邪魔しちゃ駄目な気がして」
「なんだ、あの顔って──」
一体どんな顔だと、呆れ混じりな神田の顔もマリ達へと向く。
先程垣間見えた見慣れた同部隊の彼は、いつもと変わりない表情をしていたはずだ。
「大丈夫か? ミランダ」
「え、ええ…っ」
「…こういう時は頑張らなくてもいいんだぞ。ほら、手」
「え?」
「このままじゃ人混みに呑まれていきそうだからな。掴まっていろ」
しかしそれは神田の思い込みだったらしい。
「……」
照れ臭そうに差し出されたミランダの細い手を、大きなマリの手が包み込む。
行こう、と導くように歩くマリの盲目の目は確かにミランダへと向けられていて、口元には柔らかい線が弧を描いていた。
他のエクソシストよりも、同じ時を過ごし傍にいた神田だからわかること。
それはいつもの見慣れたマリの穏やかな笑みとは、確かに違っていた。
つい神田が言葉を失ってしまう程に。