第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「──うん、スイーツも凄く美味しかった!今度は満足できる料理だったね、神田」
「…悪くはなかった」
ぐぐっと伸びをしながら店内から出る。
約束した通りに支払いを済ませて後から店内を出てくる神田を笑顔で迎えれば、ぼそりと目線も合わせず素っ気無く返される。
それでも普段の彼からすれば、充分譲歩している会話に雪は頬を緩めた。
「お腹はいっぱいになったし、科学班にティムを届けなきゃだし…そろそろ帰る?」
充分に料理は堪能し終えた。
少し名残惜しい気もしたが、神田のコートのポケットを膨らませている金色のゴーレムを、ずっとそのままにしておく訳にもいかない。
苦笑混じりに提案する雪に、神田もそうすべきかと頷きかけた。
「ああ──むぐっ」
しかしその声は途中で遮られた。
止めたのは、提案したはずの雪本人。
(またか。今度はなんだよ)
再び口を両手で塞がれて、今度は何事かと神田が呆れ混じりに雪を見下ろせば、見えたのは焦ったような彼女の表情。
「か、神田。こっちっ」
「…あ?」
すぐに口から手は離され、そのまま近くの建物と建物の隙間に引っ張り込まれる。
狭い通路の中で雪にされるがまま、煉瓦の壁に背中を押し付けられた。
傍から見れば怪しさ満載な行動。
急な雪のその行動に、流石の神田も一瞬口を噤んだ。
「……何やってんだお前」
「しっ! 静かにッ」
「は?」
「神田背が高いんだから、ちょっと屈んでッ目立つッ」
「あ? 意味わかんね…って引っ張んなッ」
コートの襟首を掴まれて、ぐいぐいと下に引っ張られる。
屈めというサインだろうが、聊か促し方が雑だ。
いきなりの雪の謎の行動に不信感を抱きながらも、引っ張られるままに顔を下に傾けて。
バランスを崩しそうになる体を支えるように、神田は向かいにある同じく煉瓦の壁に手をついた。
「静かにしててね」
「……」
結果。
(……近ぇ)
ふわんと鼻をくすぐるのは、南自身の持つ匂い。
ぐっと縮まった距離は、あと少し顔を押し出せばその頬に触れられそうな程。
無意識に、神田は壁についていた手で拳をぐ、と握った。