第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「これなら合格?」
「……一応」
「やった! 神田の奢りっ」
笑顔で尋ねてくる雪に渋々神田が頷いてみせれば、歓喜の万歳。
「そんなに嬉しいかよ」
そんな体全体で喜びを表す雪に、つい呆れてしまう。
「うん。あ、でも奢りもそうだけど。美味しいもの食べてると笑顔になれるでしょ? 幸せな気分になれるって言うか」
「……」
別に、と言いかけて神田は口を噤んだ。
そうやって笑いかけてくる雪の顔が、余りにも嬉々とした感情で満ち溢れていたからだ。
味の良し悪しはそれなりにわかる。
確かに不味いものより美味しいものを食べたいという感情も、持っている。
しかしだからと言って、美味な料理を口にすれば笑顔になれるかと問われれば頷けない。
味の違いくらいで感情を左右されたことはない。
しかし。
「…わからなくもない」
「ほんと? じゃあ神田も一緒だねっ」
(…一緒ではないだろうけどな)
ぽつりと賛同してみせれば、更に雪の表情が明るく染まる。
そんなころころと鈴が鳴るように笑う満面の笑顔を前にしながら、神田は内心だけで本音は押しとどめた。
胸の奥底でじりじりと感じる確かな正の感情。
しかしそれは美味なるものを口にしたからではない。
それを口にして心底嬉しそうに笑う彼女が、目の前にいるからだ。
(絶対言わねぇけど)
誰かと食事を共にするだけで、こんなにも満たされる感情があるとは。
そんなこと照れ臭くて言えやしない。
それでもアレンの暴食は見ているだけで胸がムカムカするのに、あちこち料理を楽しそうに頬張る雪は見ていて飽きないものだと、自然と表情は和らいでいた。
偶にはこういう時間も悪くないものだ、と。
「じゃあこの勢いでスイーツも食べてみる? もしかしたらいけ」
「る訳ねぇだろ。誰が食うか」
「…手厳しい」