第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「なら残さず食えよ」
「もちろ……え?」
「残したら罰金」
「あ…うん。…わかった」
そうして溜息の後に出てきた言葉は、余りにもあっさりと受け入れるものだった。
思わず拍子抜けするも、こくこくと頷く雪。
そこに手にしていたメニュー表を、早々と神田は押し付けた。
「じゃあさっさと頼め」
「え、私が?…神田の分も?」
「美味い飯食わせるっつったのは月城だろ。美味いもん頼まねぇと承知しねぇからな」
「あれ、なんかプレッシャーが…」
「美味くなくても罰金」
「えええ…!」
「──美味ひいっ」
「…食いながら喋んな」
「だって美味ひいんらもん…っ神田、これ美味ひいよっ」
「わかったからちゃんと飲み込んでから喋れよ。モヤシかお前は」
数十分後。
以前店で食したジャケットポテトを始め、スコッチエッグやキッパー、ローストビーフなど、雪が注文した極々一般的なイギリス料理が机に並んでいた。
フォークとナイフを握りしめてそれらをもぐもぐと租借しながら、雪が感動の声を上げる。
そんな雪を適当にあしらいながら、神田も仕方なしにフォークを皿に伸ばした。
しっかりと中まで火の通った分厚いローストビーフを、付け合わせのグレイビーソースに浸す。
ぱくりと頬張ってみれば、確かに雪の言う通り。
分厚くも口の中でほろりと崩れる旨味のある牛肉。
ほんのり甘みのあるグレイビーソースと絡まって、なんとも食欲をそそる風味を醸し出している。
それは確かに、
「…美味い」
そう言わざる終えない料理だった。
「でしょっ?」
ぽつりと呟いた神田の言葉に、途端にぱぁっと雪の表情が明るく輝く。
「店一つでここまで味変わんのか…」
「凄いよね」
まじまじと料理を見て呟く神田に、つい雪もほくほくと笑みを深める。
蕎麦ばかり好む彼の味覚には少し不安があったが、どうやら人並みに味の良し悪しが判断できる舌は持っていたらしい。