第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
(神田…何言いかけたんだろ…)
途中で言葉を濁して視線を逸らしてしまった神田を、じっと雪は向かいの席から伺ってみた。
しかしその目線は興味なさげにメニュー表に落ちたまま、こちらは向いてくれそうにない。
欲しいものがなんたら、神田の言った言葉の意味は雪には理解できなかった。
できなかったが、一つだけわかったことはある。
(私の為に来たって……そういう行為だったんだ、これ…)
ただ単に神田が以前の外食リベンジをしたくて誘われたかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
神田に付き合わされていたのではなく、神田が雪の為にと付き合ってくれていたのだ。
(リベンジしたいって言った憶えはないけど…また、こうしてご飯行きたかったもんな)
そうして改めて考えると、神田の行為に嬉しさで胸がぽかぽかと温かくなる。
なのにきゅんと微かな締め付けも感じた。
(ん?…なんだろ)
胸の締め付けはよくわからなかったが、それでも嬉しい感情であることには変わりない。
そう思えば素直に伝えたくなった。
感謝の意を。
「…ありがとね、神田」
「あ? んだよ急に」
笑顔で礼を言えば、メニュー表から上がった顔がやっとこちらを向いた。
昔は目が合うだけで視線の鋭さに緊張が走っていたが、今はそんな気配は少しも感じない。
「今日は私が奢るから、好きなもの食べていいよ」
「…なんだその急な優しさ。気持ち悪い」
「なんですと…!」
(人が好意で言ったものを気持ち悪いだと…!)
しかし返されたのは、ぞぞっと顔色を青くする神田の反応。
思わず笑顔でぷつんときそうになったが、そこはぐっと我慢。
折角また二人でこうして、教団以外の場所でゆっくりと過ごすことができているのだ。
貴重な時間は、大切にしていたい。
(…大切?)
ふと思い至った自分の思考に、雪は内心首を傾げた。
神田のことをただのエクソシスト以上に思っていることは確かだ。
しかし些細な二人の時間を大切だと思える程に、特別視していたとは。
「……」
そう改めて感じると、今度は少しだけ照れ臭さを感じた。