第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「うんっ席空いててよかったね」
「……ォィ」
「あ、もうコート脱いでもいいよ。えっとメニュー表は…」
「…オイ」
「神田、料理はここから選んでね。私達はレディースコースだから──」
「なんでレディースなんだよ! 俺はおと」
「わーっ! しー! 静かにッ」
正午きっかり。
連れられた店内で声を張り上げようとした神田の口を、咄嗟に飛びついた雪の両手が塞ぐ。
「叫んだらバレるっ声でバレるからッ」
だから静かに、と慌てて制してくる雪に、ぴきりと神田は額に青筋を浮かばせた。
観光マップ本片手に、雪に案内されたのは極普通の飲食店だった。
ただどちらかと言えば女性向けのような内装にも見えたが、神田自身そういうことはあまり気にしない性質らしく。
だから平然と店のドアを潜った。
しかし普通にしていたのはそこまでで、店内に入るや否や案内係の店員に雪が告げたのは、"女性二名"の言葉。
どう考えたって女性は雪一人しかいない。
なのに当たり前に頷く店員の目は、神田を見て女性と見做したのだろう。
思わず反論しようとすれば、その前に雪に止められた。
小声で"声を出すな"と。
(そういう意味だったのかコラ)
だから上着を脱ぐな、話すな、と注文をつけてきたのだろう。
体型を見られれば見破られる可能性は高くなるし、いくら外見で誤魔化せようとも声色は流石に気付かれてしまう。
それも苛立ち低さを増した声色なら尚更。
神田が、男だということは。