第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
お洒落など人の外見には無頓着なのに、自分の体型に合った私服をきちんと着こなしている神田に、雪は内心感心しながら頷いた。
(少し身長は高いけど…まぁイケる、かな。うん)
「よし、大丈夫」
「何が」
「お店の入口では静かにね。喋っちゃ駄目だよ。コートも、いいって言うまで脱いじゃ駄目だから」
「だから何がだよっ?」
足取り軽く進む雪を、怪訝な顔で神田が追う。
しかし返されるのは笑顔ばかりで、明確な答えは返ってこない。
しっかりと返答がないことに普段の神田なら声を荒げてもおかしくないが、それでも顔を顰めるだけでとどまったのは、その笑顔の所為なのだろう。
人混みの中を楽しそうに進む小柄な姿を見失わないよう、神田の目はその背中だけを追い続けていた。