第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
人混みで賑わう街の中。緩めた歩調で歩く神田の隣を、雪もまたついて歩く。
ぽかぽかと体に当たる日差しは暖かい、冬のお昼時。
「ねぇ神田」
「なんだ」
「ご飯食べに行くお店って、決まってたりするの?」
「……」
「…しないんだね」
(だろうと思った)
無言はある意味肯定の返事。
慣れた神田の反応に頷きながら、雪は苦笑した。
寧ろ彼が情報誌なんかを見て店選びをしている姿の方が、想像し難い。
こちらの方が、なんとも神田らしい。
「それじゃあさ、私行きたいお店があるんだけど。そこでもいい?」
「行きたい店?」
「うん。だってリベンジなんでしょ? 前回のお店の」
前回、二人でお昼時に立ち寄った飲食店。
極々普通に人の出入りがある店だったが、そこで口にした本場イギリスでの郷土料理は、お世辞にも美味しいとは言えない代物だった。
流石味音痴の国と定評のあるイギリス。
しかし美味なる料理だって勿論存在する国である。
偶々その店の味が悪かっただけなのだろう。
「だから調べたんだ。美味しいイギリスの定番料理があるお店っ」
神田が店を決めていないのは、想定内のことだった。
そんな雪がニットカーディガンのポケットから、ほら!と取り出して見せたのは、よくある観光マップ本。
幾つも付箋が挟まれているそれは、一目で読み込まれていることがわかる。
「今度はちゃんと神田にも美味しいって言わせたいし。私がお店選びしてもいい?」
「…好きにしろ」
「やった♪」
返事一つで神田が頷けば、忽ち雪の顔に笑みが浮かぶ。
しかしいざ観光マップ本を開くかと思えば、何故か神田の姿をじろじろと見だした。
頭から足先まで。
「?…なんだよ」
「…いや…うん」
怪訝な顔をする神田の姿を、改めて見る。
白シャツに黒いニットセーターを重ね着し、その下も落ち着いたネイビーのチノパン。
キャメル色のチェスターコートを羽織った姿は、全体的に長身の神田をすらりとスタイル良く見せていた。