第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
黙り込んだまま雪を見る。
そんな神田の黒い目が、ふと自分の腕に絡み付いている細い腕に向いた。
「……」
「? 何?」
「…腕。放せ」
「あ、うん」
ぱっと呆気なく放される細い腕。
自由になった自身の腕に小さく息つきながら、神田は視界から雪を追い出すように顔を背けた。
雪の服の下、胸の辺りで蠢いていたティムを凝視できなかったことや、腕に抱き付かれた時に触れて感じた雪の体の柔らかさや。
今まで全く意識していなかったものが頭の中に入り込んでくる感覚は、不慣れで何かと居心地が悪い。
(…チッ)
それは自分の意思一つでどうにかなるようなものではなさそうだから、尚更。
つい心内で舌を打ちたくなる程に。
神田は人より意思の強い人間だ。
こうだと決めたら成し遂げる、有言実行が座右の銘。
そんな人間だからこそ、自分の意思では自由にできない感情が不慣れで仕方なかった。
しかし不快な訳ではない。
理由は一つ。
その感情の意味を、神田自身が知っていたからだ。
雪の言動一つ一つが気にかかって意識が向いてしまうのは、それだけ雪を見ている証拠。
それだけ神田の中で雪の存在は特別なもので、言葉にすれば"好意"と称されるもの。
それも人としての好意ではない。
異性としての好意。
「…チッ」
パラパラと砕けた破片を落としながら、壁にめり込んだ金色ボディが這いずり出てくる。
けろりとしたティムキャンピーを前に神田は、今度ははっきりと舌打ちをした。
頑丈なティムキャンピーの体にではない。
はっきりと自覚してしまっている自分の雪への感情に、であった。