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廻る世界の片隅で【Dグレ短編集】

第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)



「病み上がりは大人しく従ってろ」

「……」


 スタスタと教団の外に続く道を進みゆく神田の後を、小走りに雪が追う。
 病み上がりと言われ、つい先月熱を出した身では言い返せないのか。
 大人しく黙り込む雪に、神田は僅かに歩調を緩めた。
 歩幅の違う雪に合わせるように。

 この日、神田と雪は共に非番だった。
 その証拠にお互いの格好は任務時の団服とマントではなく、外出時の普段着のもの。
 外出の理由は、神田から雪を誘ったのがきっかけだった。

 先月のバレンタインに、結果として雪がチョコを渡し、それを神田は受け取った。
 しかし行事に疎い神田はバレンタインのお返しなど考えておらず、それを知ったリナリーに叱られた。
 だからと言って雪になにをやればいいのか。
 彼女の好みなど知る由もなく、高熱の出た日に見舞いついでに問いかけた。
 何か欲しいものがあるか、と。





『え、と……じゃあ、神田』





 そこで夢朧に笑みを称えて雪が欲したものが、それだった。
 "神田が欲しい"と、普段はよく口篭る声が、すんなりと向けた発言。
 あまりに不意を突かれて赤面してしまったことは、神田本人以外知る者はいない。

 ならばそれで良いだろうと、風邪が治れば食事に行くぞと誘った。
 まだ神田自身、雪のことで知らない一面は多いが、美味しそうに食事を摂る姿は記憶にしかと残っている。


「ありが──…ひゃあっ!?」

「!?」


 大きめのストールに手を添えて、雪が礼の言葉を口にしようとした時。
 忽ちにそれは悲鳴へと変わり、何事かと神田も驚き振り返った。


「わ、わっひゃめ…っあはは!」

「…は?」


 見えたのは身を捩らせ、悲鳴のような笑い声のような、そんな曖昧な叫びを上げている雪。
 一体何事か。

 まだ熱でも残っていて頭が沸いたのかと思い、神田が凝視していると。
 もこ、と雪の白いカットソーの下で何かが蠢いた。

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