第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
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ティエドールが見つけた、些細なふたつの小さな芽。
彼の知らない所でいつの間にか芽を出し、そして知らない所で日に日に成長していく。
親は無くとも子は育つ、とはよく言ったものか。
「ごめん、待った?」
カッカッ、と小走りに駆ける足音が、教団の暗い廊下に微かに響く。
その姿を目に、腕を組み柱に寄り掛けていた背中を離すように、神田は身を起こした。
はぁ、と少しだけ息を整えるように息衝きながら、多少乱れた前髪を指先で正す。
そんな雪の姿は、いつもの見慣れた真っ白なファインダーマントではない。
細身のスキニーパンツに、上は首元がすっきり開いた白のカットソー。
足元は黒いショートブーツに、同じく黒のゆたっとした裾の長い分厚いニットカーディガンを羽織っている。
ラフな雪の普段着姿に、しかし神田の眉間は皺を寄せた。
「なんだその薄着。外に出んだぞ」
「うん? 大丈夫だよ。もう春先近いし…それにこれも結構あったかいから」
時は3月上旬。
太陽光が当たれば温かいと感じられるようにはなったが、それでもまだ季節は冬。
指先だけ見える袖元を見せて、へらりと笑う。
そんな雪の笑みを前に、眉間には皺を寄せつつ神田は諦めたように溜息をついた。
この抜けた笑顔を前にすると、どうにも責め難くなってしまう。
「巻いてろ」
「わぷっ」
以前街に外出した時は、雨に降られてお互いにずぶ濡れになってしまった。
その所為で雪は風邪をひいて、それなりに高熱も出していた。
そんな姿を見てからまだ日は浅い。
神田は首にゆたりと巻いていたチャコールグレーのストールを外すと、鎖骨の見える雪の首に巻き付けた。
ぐるぐると口元を覆われて、もごもご唸る雪を確認して、よしと頷く。
無いよりはマシだろう。
「外すなよ」
「でも、これないと神田が寒いんじゃ…」
「別に」
ぷはっと呼吸確保するように口元を緩めながら、慌てた雪が見上げてくる。
予想していた言葉をあっさり否定して、くるりと神田は背を向けた。