第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「でもやはり女性を泣かせるのは良いことじゃないな。すまない」
「いいいいえああああのっ」
「ん? 大丈夫かミランダ、心拍数が凄いが…」
「だッ大丈夫よ! ええ!」
目元に未だ残っている雫を、マリの大きな手が繊細に拭う。
ギシッと体を硬直させるミランダの顔は真っ赤。
しかし盲目のマリはそれに気付いていない。
(涙はわかるのに、赤面はわからないなんて…意外と抜けた所あるんだねぇマーくん)
そんな二人の光景を、ティエドールはそっと気配を殺して傍観していた。
見ているこっちが擽ったくなるような、そんな甘酸っぱい空気。
ポリポリと鼻の頭を掻きながら、やがてくるりとUターン。
(邪魔者は消えるとしよう)
ここで声を掛ければ、恐らくミランダは更にパニックを起こすだろう。
折角できたこの甘酸っぱい雰囲気を、壊そうなどと野暮なことは思わない。
「マリさんっあの! も、もう大丈夫だから…ッ本! 片付けないとッ」
「ああ、そうだな。生憎、本も傷は付いていないようだし…」
わたわたと顔を赤くしたまま後退るミランダに、マリは気にした様子なく足元の本を拾い上げる。
「すみません師匠、長くなりそうなのでここは私達だけで──…?」
「?…あら…元帥さん…どこに行ったのかしら…」
また一から片付けとなった状況に、付き合わせる訳にもいかないとマリが振り返れば、そこにいたはずのティエドールの姿はなかった。
同じくキョロキョロと辺りをミランダも捜すが、あの物腰柔らかい男性の姿はない。
その場に残されていたのは、マリとミランダの二人だけ。
「まさか私に呆れて…!?」
「いや、それはない。ないから落ち着け、ミランダ」