第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「ミランダ!」
ミランダを呼ぶマリの声。
しかしその声より早く、ティエドールは彼女の下へ踏み出していた。
が、
「……」
ふと足を止める。
ここで自分が彼女を助けるのは容易いが、折角こんな珍しい愛息子の姿が見られたのだ。
彼の為に、その役を譲ってやろうではないか。
「きゃぁあああっ!?」
ばさっ!と大きな音を立てて、落下したミランダの黒いロングスカートが波打つ。
しかし次に来るであろう床との衝突の音はなく。
「大丈夫かっ?」
「マ…マリ、さ…」
太く大きな腕で落下してきた細い体を易々と抱きとめたマリが、焦り声を漏らした。
「え、ええ大丈夫…じゃないわ!」
「えっ?」
「本! マリさん、本が…! あぁあ傷物になってないかしら…!!!」
ほっと笑顔を見せたのは一瞬だった。
途端に顔を真っ青にして、周りに散らばった本にオロオロと手を伸ばす。
そんなミランダの姿に一瞬ぽかんと呆けた後、堪らずティエドールはくすりと口元を綻ばせた。
ミランダと面識はないが、周りから耳にしていた情報でなんとなく彼女のことは知っていた。
なんとまぁ生真面目な性格なのか。
不思議と彼女らしいと思えて、笑ってしまった。
「表紙とか破れちゃってたら…! どどどうしたら…ッ管理班の方々に謝らなくっちゃ…!」
しかし。
「っ…何言ってるんだ!」
のんびりと穏やかな反応を示すティエドールとは真逆に、マリは耐え切れない様子で声を荒げた。
任務以外では中々聞かない、彼の罵声。
思いもかけない響きに、ミランダとティエドールは表情を止めた。
「本より自分の心配が先だろう…! あんな高さから落ちて、誰もいなかったら確実に怪我してたんだぞ!」
盲目のよく瞑っている目を開いて、書庫室だというのに声を張り上げて。
それだけ余裕のないマリの姿に、思わずティエドールは目を見張る。
「ぇ…ぁ…ご、ごめん、なさい…」
そんなマリに目を丸くして驚いて固まっていたミランダが、やっとの様子で再起動する。
カタカタと体を小刻みに震わせて、じわりと大きな目の端に浮かぶ透明な雫。
腕の中に抱いた彼女のその反応に、はっとしたようにマリは口を閉じた。