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廻る世界の片隅で【Dグレ短編集】

第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)



「彼女は、"ああ"なんですよ。いつも」

「…"ああ"?」

「何事にも人一倍努力して打ち込むけれど、それが空回りして失敗することが多い」

「ふむ。成程」

「失敗を繰り返していれば挑戦も怖くなる。でもミランダはいつも前に進もうとするんです。すぐ落ち込んだり負の言葉を零すけど、最後には自分の力で進もうとする。不器用だけれど、真っ直ぐな女性なんです」


 物静かなマリが饒舌になる時は、そこに感情が詰め込まれている時だ。
 神田のこととなると、その口を開くことはよくあった。
 しかしこうして一人の女性に対して親身に話をする彼を、見たことがあっただろうか。


「だから教えてあげたいんですよ。努力していれば必ず報われる。無駄な努力なんてない」

「…成程」


 だから彼女一人にやらせているのか。

 ミランダのことを話すマリの横顔は、普段と変わらない穏やかなもの。
 しかしその笑みがいつもより柔らかいことを、ティエドールはしかと理解していた。

 マリは穏やかで優しい性格の持ち主だ。
 しかしそれは彼の表面を覆う皮膚のようなもの。
 呼吸をするのと等しく、当たり前に行っていること。

 ただし"それまで"なのだ。
 優しさで相手を受け止めはするが、悪く言えばそこで一線を引いている。
 当たり障りない関係でとどめて、それ以上深く他人の懐へは踏み込もうとしない。
 神田に向けて時に厳しい言葉も投げかけるのは、それだけ彼を"思って"いるからだ。


(それと同じことをミランダにしていること、マーくんは気付いているのかな?)


 そんな感情が芽生えると、親馬鹿な身。気になって仕方がなくなってしまう。
 そわそわと踊りそうな心の片鱗を感じながら、ティエドールがマリの顔を見上げていると。


 ガタンッ


「きゃあッ!?」


 大きな物音と同時に悲鳴が一つ。
 はっとして見れば、梯子を踏み外したミランダが複数の本と共に、高い書庫室の天井を舞っていた。
 何故梯子を使って本を棚に戻すだけで、ああも大きく飛躍するように宙を舞えるのか。
 そう疑問すら浮かぶ程、ミランダの体は高々と舞っていた。


(まるで芸術だねぇ)


 本と共に舞いはためく、ミランダの長いロングスカート。
 そんな場違いなことをティエドールに思わせる程に、見事な飛躍だった。

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