第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「自分で借りたものは自分で返さないと」
「…そうかい?」
「はい」
穏やかな声も空気もいつものマリと変わらないが、ティエドールにすればそれは珍しい姿だった。
マリは他人との間に良好な関係を築くのが上手い。
あちこち棘を突き出し、触れるもの全てを弾き返すような神田でさえも、衝突せずに仲を保っていられる。
その大きな理由の一つは、マリの性格にある。
感情を露わにして怒り声を荒げるようなことは、日常生活では終ぞ見せたことがない。
誠実で穏やかで誰にでも平等に優しい。
それがマリの本質だ。
そんな彼を神田と共に長年見てきたティエドールは、知っていた。
本来ならば、ここでミランダに手を貸すのがマリという人間。
尤もなことを言ってはいるが、師であるティエドールにまで忠告して止めるようなことを、彼は今までしてこなかった。
(…珍しいこともあるもんだねぇ)
そんな見たことのないマリの姿に、ティエドールは本へと伸ばしていた手を引っ込めることにした。
「ミランダ、本当に無理な時は手を貸すから。後は任せていいか」
「え、ええっ勿論よ! ありがとうマリさん。元帥さんも、すみません」
「いや、そういうことなら。マーくんきっての頼みだし、仕方ないね」
がばりと頭を下げてくるミランダに、笑顔一つで手を軽く振ってみせる。
そうして再び本棚と格闘し始める彼女を見守りつつ、隣に立つマリへとティエドールは声をかけた。
「驚いたよ。マーくんが女性に手を貸さないだなんて」
問えば、マリの目は逸らすことなくミランダの背中を追ったまま。やがて静かに口を開いた。