第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「マリさんにはなんでもわかっちゃうのね…凄いわ」
「そんなことないさ」
まるで偉人か何かを見ているような、キラキラとした尊敬の目。
そんなミランダの反応に、こそばゆく苦笑混じりにマリは持っていた本を差し出した。
「それより、ほら。片付けないと」
「あっ! そ、そうね…っ」
渡された本を両手で抱いて、慌てて高い本棚へと向かう。
そんなミランダの背中に「足元に気を付けて」とマリが声をかける。
マリが傍にいればミランダも大丈夫だろうと一安心はしたが、それでも床に散らばっている本の量は多い。
これを片付けるとなれば、人手は少ないより多い方がいい。
そう思い、ティエドールは止めていた足を再び踏み出した。
しかし。
「えっと…この本は…」
「ミランダ、そんなに身を乗り出したらまた落ちるぞ。先に梯子を動かしてから乗った方がいい」
「あ! そ、そうねっ」
(……おや?)
「ふ、ぬぬ…っ」
「そんなに一度に運んだらまた転ぶから。無理せず持てる分だけ運ぶこと」
「そ…そう、ね…っ」
先程から観察していると、大量の本の片付けをしているのはミランダだけ。
マリは助言を事細かに入れるものの、手は出していない。
見守っているだけだ。
他人に冷たい神田ならまだしも、マリなら率先して手伝いそうなこと。
何故ひ弱なミランダ一人にやらせているのか。
「マーくん」
「…師匠?」
不思議に思ったティエドールは、声を掛けてみることにした。
「あら…その御方は…」
「やぁ、君はミランダだったね。私はフロワ・ティエドール。マーくんの部隊で一緒なんだ」
「まぁくん…?」
「師匠、その呼び名はちょっと…」
元々面識はなかったミランダとティエドール。
きょとんと見てくる彼女に笑顔で片手を軽く挙げれば、マリに愛称呼びを止められてしまった。
笑ってはいるが、少し苦い笑みで。
神田といい、どうにも自分の部隊の息子達は愛称呼びを嫌がる者が多い。
愛情を持ってして呼んでいるのに、何故嫌がるのか。
それはティエドールにとって不思議で堪らない疑問の一つだった。