第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「涙を拭いて、顔を上げて。大した失敗じゃない」
「うう…でも…マリさん…私、これもう三回目…」
「たかが三回の失敗だろう? そう落ち込む程のものじゃないさ」
「そ…そう、かしら?」
「ああ。それにほら、少しずつだって本も片付けられているし。あともうひと踏ん張り」
「そう…そうね…!」
どうやら会話の内容によると、マリがミランダの本の片付けの手伝いをしているらしい。
めそめそと萎んでいたミランダの声が、マリの優しい励ましで忽ち明るく変わる。
相手を励ますという意味では、マリは適任だろう。
盲目である代わりに、誰よりも繊細に相手の心を捉えられる耳を、彼は持っている。
その聴力によって相手が何を求めているか、的確な態度や言葉を選ぶことができるのだ。
「一度に沢山運ぼうとするからいけないんだ。少しずつ片付けていけばいい」
「え、ええ…わかったわ」
「…にしても、随分と健康目的の本が多いな…」
「そ、それは…ほら。私、人より体力がないでしょう? エクソシストになったんだから、戦い方だって身に付けなきゃいけないし…ま、まずは体造りが大切じゃないかしらって…」
「成程」
おどおどと言葉を詰まらせながら話すのが、どうやらミランダの本来の喋り方らしい。
そんなミランダの話に、共に散らばった本を拾い上げながら静かに耳を傾けて聞く。
神田ならばそれだけで苛立ち声を荒げてしまいそうな喋りも、マリならば気長に待てる耳を持っている。
故にそこで衝突もなにもしないのだろう。
穏やかに流れる二人の間の空気に、ついティエドールは頬を緩めた。
「頑張るのは良いことだが、自分の持っている容量をオーバーすると大変だぞ。この本、ほとんど読めなかったんだろう?」
「…よ…よくわかったわね…マリさん…」
「わかるさ。どの栞紐も最初の章で止まってる。あれこれ手を付け過ぎて、大方どこから取り掛かればいいかわからなくなったんだろう」
「…ええ…全くその通りだわ…」
胸の前で両手を握り締めて、感心するようにミランダが何度もコクコクと頷く。
女性としてはミランダは身長がある方だが、それでも2mもあるマリは見上げる程に高い。
徹夜で健康本を読み耽っていたのだろうか。
目の下に隈を拵えた大きな瞳が、まじまじとマリを尊敬の目で見上げていた。