第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「任務、楽しんでおいで」
大きな手で優しく雪の頭を一撫でして手を離す。
そうして腰を上げれば、まじまじと物珍しそうな少女の目が後追いするように見上げられた。
にっこり。
笑みを返せば、照れたようにぱっと視線が下がる。
なんとまぁ可愛らしい反応か。
ついティエドールの弧を描く口元が深まる。
この少女にも子供らしい一面は、ちゃんと残されているらしい。
「オイもう行くぞ、列車が出るだろうが。失礼します元帥」
「あ、うん。それでは、失礼します」
「ああ、いってらっしゃい」
苛々と急かす神田が、素っ気無くティエドールに声をかけて去っていく。
慌てて頭を下げて、その後を追っていく雪。
そんな二人の小さな背中を見送りながら、ティエドールは自然と顔を綻ばせていた。
お互いに欠けている心を持っている少年と少女。
しかしああして並んで歩く姿は、どこにでもいる普通の年頃の少年と少女に見えた。
周りに興味を持たず近寄ろうともしない少年が、自ら歩み寄り少女に喧嘩を吹っかけていること。
人と触れ合うことに不慣れで本音を躊躇する少女が、素っ気無くとも少年と裸の言葉を投げ交わしていること。
他人が見ても気付きはしない、そんな些細な砂砂糖のような変化。
しかしティエドールの顔を綻ばせるには、充分過ぎる程に甘い変化だった。
「さて…お茶でも淹れるかな」
些細だけれど、心が弾むような嬉しさ。
それが、ひとつ。