第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「やぁ、そこのお二人さん」
「…あ?」
「え?」
ぎゃあぎゃあと言い合ってる二人に、のほほんと片手を挙げて声をかける。
するとワンテンポ遅れて、同時に二人の目はティエドールへと向いた。
きょとんと目を瞬く少女の隣で、神田の顔が忽ちぎょっとしたものに変わる。
「今から任務かい? 精が出るねぇ。頑張っておいで」
「あ…え、と…」
「私はフロワ・ティエドール。君とは初めましてだったね。ユーくんがお世話になってるようだって、話は聞いてるよ」
「……ゆーくん?」
「ばっ…!」
ぱちくり。
聞き覚えのない名に目を丸くする少女に、神田の体が異常なまでの反応を見せた。
そして光の速さで繰り出されたのは、ばちんっ!と気持ちの良いくらいまでの爽快な両手打ち。
何故か、少女の両耳に向けて。
「ッ!?」
「忘れろ。今のは。空耳だ」
「ぁた…た…は? 何、急に…」
「忘れろ今のは空耳だ」
「はっ? い、痛い痛い!」
「こらこら、ユーくん駄目だよ。女の子に乱暴しちゃ」
急な両耳への平手打ちに、うわんうわんと鳴る耳鳴りと眩暈に目を白黒させながら、ぼやけた声を出す少女。
状況についていけていないそんな姿にも関わらず、両の耳朶をそのまま引っ張りながら顔を近付け、立て続けにドスの利いた声で脅す。
神田のその暴行をやんわり止めれば、またもや彼の体はビクついた。
ギロリと凡そ子供が浮かべるようなものではない、殺気立った目で睨まれる。
「…元帥。その名で呼ぶなって言ってます」
辛うじて敬語は保っているものの、ひしひしと敵意のこもった声で伝えられる。
(成程ねぇ)
そんな彼の態度に、ティエドールは納得して思わず微笑んだ。
彼女にその呼び名を聞かれるのが、どうやら嫌だったようだ。